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地中海の一角にあたる土地柄からか、その歴史の中に、古代トルコとの縁があったことへと関わらせてか。原色の似合うトロピカルな、若しくは陽にさらされ潮風にさらされての白くなった家並みや石壁が、南洋植物の濃緑や、青い空や紺碧の海にいや映えて印象的な…というイメージを持たれがちな国だったりもするのだが。首都付近の都市部界隈は、他の国とさして変わらぬ様態で。アスファルトの道路には今時の車が走っており、コンクリのしゅっとした建物が立ち並んでいるし。街をゆく人々も、携帯電話片手に次の現場へ急ぐスーツ姿の営業マンが、路上を見回しタクシーを探しているかと思や。健康的な肩や鎖骨をあらわにしての、鮮やかなプリント柄のワンピースに身を包んだ、10代だろう少女らが。時折弾けるように笑いつつ、軽快に駆けてくのとすれ違ったりもし。
「つか、今時の文化レベルが整ってなけりゃあ、
いくら自然な長閑さ目当ての客であれ、なかなか来れやしないでしょうにね。」
ヤシの葉で葺いた屋根や壁、隙間からいくらでも蚊が入り込むからと、殺虫剤をまくか蚊帳を釣った、風通しが微妙な中で寝なきゃあならない浜辺のコテージは。覚悟があっての風流人には好評だけれど、現代っ子たちにはどんだけ田舎かと嫌がられなくもないそうで。
「そういう外観だけれど、
内部は完全空調の整ってる部屋…っていうのが望まれてるんですってよ。」
「日頃使いの携帯がそのまま使えないなら 即“田舎”ってな言いようをする子も、
珍しかないらしいしねぇ。」
「あ、こないだ来てた日本人のツアー客でしょ?」
親御さんたちはなかなかの通でおいでだったが、お子様がたまでがそうとは限らず。とんだとんちんかんだったのを困ったもんだと苦笑してらしたのが印象的だったとは、ガイドを受け持っていた職員の感想。まあ、望んで来たワケじゃあないのなら、それもまた致し方なしというところかという結論で結び。風通しのいいテラスでのランチミーティングをお開きとしたのは、毎度お馴染み、翡翠宮の腕白王子をお守りしている隋臣衆の皆様方であり、
「あ、そういえばウソップ。
こないだ乗り込んで来た、あのややこしい腕自慢はどうしてる?」
潮風に遊ばれるオレンジ色の髪を片手で押さえつつ、テーブルの上へと散らばしていた書類を束ねる手も止めぬまま、
「一応の肩書をあんたのところの“王宮車輛部”で決めたって、内宮総務部から正式に言って来たんだけど。」
そういう流れとなった仔細が知りたいわということなのだろ、そんな風に訊いた秘書官嬢へ、
「おお、それがよ。あいつ、実はなかなかの腕前したメカニックマンだったんだよな。」
ここ、R王国の王宮内宮の深層部という、とんでもない奥座敷にまで、ひょひょいで侵入して来ていた見ず知らずの男がおり。当人が言うには、この王宮に“いるけどいない護衛官”とか呼ばれている男がいて、そいつが滅法強いという噂なので、自分の強さの名を上げるべく勝負しに来たと、胸張り顎張り、そりゃあ雄々しくも宣言していたのだが、
『ちっとも内密じゃあないのね、あんた。』
『まあ完全に内密な“都市伝説”的存在になられても、
それはそれで不用心ってもんですが。』
『うっせぇな。隠しおおせぬ強さってやつだ、しゃあねぇだろが。』
乗り込んで来た本人を放り出しての、まずは身内で剣突き合うのがお約束。そんなやり取りが始まってしまいかけ、置き去りになってしまった挑戦者のお兄さんがそれでもと、一騎打ちをと望んだものの。凄腕の剣豪がぶつかる前に、
『あうんvv』
ルフィ殿下のお友達、巨体に見合わぬ俊敏さが自慢のオールド・イングリッシュシープドッグのメリーから体当たりを敢行されてしまい、泉水へ突っ込んでの“水入り”となってしまったのが、先月のお話で。
『おんもしれぇ奴だな、お前♪』
その護衛官殿が現在お護りしている対象、第二王子のルフィ殿下が、そんなお兄さんをいたく気に入ってしまったその結果。今彼らが話していたような処遇で、ここへと腰を据えることになっている新入りは、
「調べてみたら、カティ・フランってのはやっぱり相当な腕の持ち主でね。」
鼻つまみものだったのか? 違う違う、船や車なんかの設計とか施工とか。あんたが専門にしている小さい工夫じゃなくて、建物レベルのものを作る方面の、言ってみりゃ“建築技師”ってのかしら。そっちの世界で名を馳せてた新進気鋭の存在だったらしいんだけど、
「いかんせん、喧嘩っ早いのが玉に疵でね。」
「ほほぉ。」
乙に澄ました金満家とか、理屈も知らないのに偉そうに注文をつけるような素人分限とかと、しょっちゅう喧嘩しちゃあ上得意をしくじってたらしくてね。せっかく腕がいいものの、それじゃあ商売上がったりだって、どこの事務所も工場も受け入れてはくれなくなってて。
「今は自分で立ち上げた工房で、気に入った仕事だけを請け負ってるらしいのよ。」
腕がいいから、見込まれりゃあいい仕事をするし、よって収入も大したもんで。物欲やら酒だ博打だなんてことにも関心はなく、工房の経営のほうは、ままさほど逼迫しちゃあなかったのだけれども。ただ、
「強い奴の噂を聞くと、
居ても立ってもいられないって性分しているらしいのよねぇ。」
事務方を引き受けてた双子の美人さんが言うにはさ、大きな仕事の真っ最中でも、噂の主探しに東奔西走、何カ月も帰って来ないこともざらで。それでも待っててくれるような人じゃないと贔屓はつとまらぬっていう、
「なんか目茶苦茶な大工だよな、それ。」
「大工…まあそうなるのかな?」
調査して得た情報はそこまでならしく。それらを綴じてたバインダーをパタリと閉じたナミが、
「で? あんたが見た人となりはどんななの?」
あらためてウソップへと訊いたところが、
「いい奴だぜ。」
何せ、ルフィがしょっちゅう仕事を覗きに来ちゃあ、そっちの護衛官さんと剣突き合ってて、工房がにぎやかだったらありゃしねぇ。普通、そこまで落ち着かねぇ職場に、そういう性分の奴が居着けるもんじゃねぇとこだろうに、
「修理から新造品まで、どんなブツでも一晩で仕上げちまう凄腕だし。そっちの仕事に関しちゃあ、不平不満は言わねぇしよ。」
そこでふふんと苦笑うウソップなのは、そんな彼との小競り合い、大人げないぞとルフィから制されてるゾロなのを、ほぼ毎日のように拝んでいるからだろう。それを示すかのように、片やの剣豪さんは、ただただ苦いお顔になるばかり。そんな彼らなのを見回して、
「ま、問題ありそうな人物じゃあないならいいんだけれど。」
素性の調べの方は完璧なのだし、当人の素養とやらも、訊いた分では他の連中ととっつかっつで目くじら立てるほどでもなかろうと。後半部がやけに豪気な判断なナミさんだったのも、今更な話かも?(おいおい)
「で? 護衛官殿が此処にいるってこたぁ、ルフィはどういう護衛状況なんだ?」
基本はゾロが始終傍らにいることとなっているものの、さすがにこの翡翠宮の内にいるときは例外。今の今 話題に上っていたフランキーさんが、すんなり潜入できたのは、微妙に…警護上の由々しき問題なれど。かつてもっと凄まじい侵入を果たした狼藉者が、されど秘密裏に…此処に居合わせた首脳陣数人の手でだけで、きっちり捕獲されたよに。此処からすんなりと逃走出来た試しがない、恐ろしい手合いが勢揃いの“片道御殿”でもあったりするので。余裕というのもおかしいが、慌てもしないでのそんな訊きようをしたサンジへと。こちらさんも風味豊かなエスプレッソを飲み干した、緑頭の護衛官殿、
「今頃は、食後の視察と銘打って、
そのフランキーとかいうのの仕事っぷりを覗きに行ってる頃合いだ。」
「お?」
いいのかよ、お前が一緒じゃなくて。そんな含みを覗かせた“お?”を放ったサンジだったのへ、コーヒーのせいじゃあなかろう苦々しいお顔をすると、
「いいんだよ、メリーが一緒だかんな。」
「あ、そっか。」
「そかそか、だったら安心よねぇvv」
「だよな、ゾロより反応早くあいつんコト突き飛ばした練達だしよ。」
「……お前らっ!」
さても平和な、王宮なようでございます。
NEXT→**
*おおう、主人公が出て来ないんでやんの。(笑)
ちょっとだけ続きますので、よろしかったら どかお付き合いをvv

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